東京慈恵会医科大学附属病院
東京慈恵会医科大学附属病院(以下、慈恵大学病院)は、1882年(明治15年)に開院した日本で最も歴史のある私学病院で創設140年になる。都内の一等地で1,000床もの病床数を長年守ってきた。その歴史ある慈恵大学病院でわずか創部30年の部署が臨床工学部である。
しかし、最先端医療を提供する大学病院において部署の歴史の深さは重要ではない。「あつかう機器とあずかる命」を常に最優先させる臨床工学部について、平塚明倫(ひらつか・あきのり)技士長と遠藤智久(えんどう・ともひさ)係長に詳しく話を聞いた。
無資格からの脱却
臨床工学部の平塚明倫技士長は、医療に携わり41年になる。横浜市内の病院勤務を経て27歳のときに慈恵大学病院に入職。
1988年(昭和63年)に臨床工学技士という資格ができました。どのようなお気持ちでしたか?
やっと、無資格から脱却できるという思いですね。当時は、医療技術職で入りました。私の所属は腎臓・高血圧内科の診療技術員でしたね。学会認定の資格しか持っていなかったので、他部署の所属長からよく「無資格だよね」と言われておりました。国家資格になって自分の居場所ができたと、そういう「心の安定感」、気持ちでした。慈恵大学病院に移った当初は、医学用語がわからないし診療録が読めないし、勉強嫌いでしたが、それなりに努力しましたね。
次の転換期は、慈恵大学病院での臨床工学部門の立ち上げです。1992年(平成4年)4月1日。そこから組織づくりがはじまったわけですが、はじめは私たちのような臨床系の腎臓・高血圧内科のような医師の元にいる技士と施設用度課、事務で入ってきた人たちが資格を取って合体しました。だけど、はじめはなかなか一つにまとまりませんでした。私も若くて反発心がありましたから笑
創部30年の臨床工学部
1992年(平成4年)の創部当時の部員は、4機関で32人。現在、人数は増え、業務の幅は広がったため、臨床工学技士一人ひとりのスキルはもちろん、管理する側の能力向上と結果も求められている。
今、慈恵大学の附属4病院で51人(男性44人、女性7人)。そのうち本院は24人(女性3人)です。この規模で24人だから多いとは言えませんよ。
いくつの部門に分かれていますか?
大きく分けると、機器管理部門、血液浄化部門、集中治療部門、手術室・心臓カテーテル部門の4つです。中央管理の機器だけで6,000台あり、24時間体制で装置の操作やトラブル対応をおこないます。それに加えて、医療法に定める院内の医療機器の安全管理という重要業務がありますからね。人繰りには苦労しますよ。笑
何かあるとオンコールがあるわけですよね?
体外循環とかP C P S※ などは、学会認定資格を持っていなくても準備まではできるように、日々訓練しています。当直のほかに、臨時で呼び出す人というのも決めてシフトを組んでいます。もちろん、元々の当直者が緊急オペ(手術)に入った場合を想定してフォローできる体制もとってあります。
※経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support)
どのような勤務体型制ですか?
超過勤務抑制のため、時間をずらした勤務体制になっていて、8時~16時半、9時~17時半 等10パターンくらい、なかに休憩1時間を含んでいます。さらにショート、ロング勤務などです。
宿直の場合は、緊急に対する要員という形の勤務になります。明けると、午前中に終業という勤務が基本になっています
あつかう機器とあずかる命
入職して22年の遠藤係長は、決して忘れることができない出来事を、言葉を詰まらせながら話してくれた。
入職して2年目のときに、救えなかった命がありました・・・。目の前で患者さんの具合がどんどん悪くなっていくなか、何もできなかった無力感で・・・。私だけでどうこうできるところではないのですが、救える命が自分のがんばりで1人でも増えるのであれば、糧にしてがんばっていこうというように気持ちが動きました。だから今でもこうやって臨床工学技士を続けることができています。
“人の役に立つ仕事がしたい”と大学を中退してまで臨床工学技士の道へ進んだ遠藤係長。
患者さんの喜ぶ姿を見ると、非常にやりがいを感じるという。
臨床工学技士の道へ進んで本当によかったです。私のように工学系に興味があって、医学系にも興味があれば良い職場だと言えますね。
人を育てる
慈恵大学病院の人材育成は、単に臨床工学技士を育てるということだけではなく、人そのものの形成に重きを置いている。
うちの病院は理念の通りに人材育成に力を入れています。当部門では、人材育成やマネジメント能力というところに特化した教育をしています。慈恵大学病院は、一般企業と同じで係長になるためにはインバスケット※ を受けなければなりません。そこで第一段階として管理能力を問われます。ですから、当部門は特に技士としてだけではなく、慈恵大学病院に貢献できる人材を育成するというところに力を入れてきました。多彩な能力を持った技士を育てていくというのが私の願いです。
※求められる能力やスキルが備わっているか、模擬体験を通じて多面的に評価・測定するビジネスシミュレーションツールのこと。
技士以外の業務というのは具体的にはどのようなことをしますか?
臨床工学技士ですが、文章作成能力(自身の考えや思いを文章を通して、相手にしっかり伝えられる)、書類をしっかりと書くための知識をつけてもらう。あとは、マネジメントスキルをあげるということ。教育の4本の柱のひとつにプロフェッショナルトレーニングというのを立てていて、ここはテクニカル、ノンテクニカルのスキルバランスの重要性に重きをおいて指導しています。
書類とは?
一般企業と同じで、機械を買うにも申請書や理由書が必要となります。あとは、他部署から求められる資料提示や、病院機能評価や医療監視に提出する機器関連書類も全部我々が作成しています。
臨床工学部の部屋の壁には、理念や方針、通年目標が掲示され、常に部員の目に留まるようになっている。
苦労人である平塚技士長の背中をみて育ってきた部下たちは、日々の業務だけでなく臨床工学技士の未来もしっかり見据えられる人材に育っているようだ。
法的に業務の範囲は広くなりましたけど、まだまだ可能性は秘めていると思うんですよね。今の臨床工学技士というと機器のスペシャリストというよりも、臨床もやって機械もやってという認識が強いと思うんです。アメリカをはじめ海外の話を聞くとM E(臨床工学技士)の地位が高いと聞きます。高度な知識を持って医療に携わっている資格なので、専門性というところを重視してくれる。業務範囲は広くかつ、専門的な職業としてもう少し認知してもらえる可能性はあるのかなと思っています。
診療放射線技師がそうであるように、臨床工学技士しかできないような業務、確立性というのも目指して行けたらなと思います。それには、大きな流れが必要かと思いますが、流れがきたときに波に乗れるように見据えていかなければならないと思います。
東京慈恵会医科大学附属病院 臨床工学部
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