現役医師から見た!新型コロナウィルス感染症まん延で変わった事、変わらなかった事

新型コロナウイルス感染症(コロナ)のまん延は、人々の生活を大きく変化させました。当然のことながら医療への影響は大きく、これまでの常識がくつがえされるような事態となっています。筆者はいち医師として、市中病院でこの大きな変化を経験しました。この経験をもとに、これまでの医療体制の抱える問題や、今後の課題についても考えてみます。

患者さんへの対応の変化

患者さんへの対応には、様々なコロナ対策が行われるようになりました。コロナ対応病院か、そうでないかによっても違うと思いますが、ここでは筆者の体験した市中病院での対応になります。コロナ対応病院をうたってはいないけれど、かかりつけ患者さんがコロナの場合は受け入れをしている病院です。

面会禁止

コロナのまん延にともなってまず、面会が原則禁止となりました。やむを得ない措置ではあるのですが、患者さんと家族にとっては切実な問題です。病気になってしまった時、家族にひと目会うのも難しいというのはつらいことでしょう。コロナ以前は、がんの終末期の患者さんなどでは、なるべく家族での時間を大切にしてもらうのが当たり前のことでした。がん患者さんは免疫力が落ちており、コロナにかかってしまうと重症化する恐れがあります。そのため厳しい面会制限の対象となるのですが、心苦しく感じます。

発熱患者の受診や入院の制限

発熱、せき、倦怠感などコロナを少しでも疑うような症状の患者さんは、大幅に受診や入院を制限されることになりました。本来であれば、どんな患者さんも受け入れて診察したいという思いですが、コロナ対応病院との役割分担があるため行っています。コロナ患者さんへの対応だけでなく、通常の医療を行なっている病院がなくてはならないのです。

手術時の付き添いの制限

面会制限だけでなく、手術時の付き添いについても原則1人までとなりました。付き添いが1人だと、小さいお子さんが立ち会うことはまずできません。この措置も多くの病院でやむを得ず行われていますが、手術前の患者さんは重い覚悟でのぞむものです。大切な家族に見守ってほしい気持ちに寄り添えないことはとても残念です。

オンライン面会

これらの制限を補うため、オンライン面会の工夫が取り入れられています。ZOOMやLINEなどのアプリを利用して、インターネット経由の面会をしようという試みです。手軽に面会ができる上に、感染症対策としても完璧なわけですからメリットは大きいです。患者さんも喜ばれますし、精神的にも良い影響があると考えられます。ただし、機材を揃えたりアカウントを管理したりと、高齢者の方だけでは利用が難しいケースもありそうです。利用のサポート体制の強化も必要でしょう。

医療体制の変化

医療体制にも大きな変化がありました。コロナが日本で流行しはじめた頃は、未知の感染症に対する不安や慣れない感染症対策に、現場は混乱していました。ワクチン接種がすすみ、情報もまとまってきたことで、以前よりは体制が落ち着いてきたように思います。病院で取られている工夫や、体制の変化についてご紹介します。

感染防御対策

コロナ以前から医療者はマスクをすることは多かったですが、もちろん今では必ずマスク着用です。患者さんはサージカルマスクですが、医師はN95という非常にウイルスを通しにくいマスクを着用することが多いです。手術室で仕事をする際は、さらに顔をほとんどカバーするようなアイガードもつけます。もしコロナ陽性患者さんが手術する場合は、さらに厳しい完全防護が必要になります。朝から夜中まで完全防護服で仕事をすることは、息苦しかったり動きにくかったりと、思った以上に負担がかかるものです。

入院前、手術前のコロナ検査の徹底

PCR検査や抗原検査のできる施設が少ないことは、大きな問題となりました。各病院で検査の体制が整えられ、これらの検査ができる施設が増えました。今では、入院前に検査を行い、陰性が確認されるまでは病棟に入らないように徹底しています。もちろん、これで完璧にコロナ感染を除外できるかというとそうではありません。偽陰性(本当は陽性だけれども、陰性と診断してしまう)の可能性があるからです。とはいえ、陽性であれば隔離や治療などがスムーズになるわけですから、やはり検査は有用と言えるでしょう。

発熱患者さん専用病棟を設置

様々な対策をとっていても、ウイルスを完全に止めることはできません。今では、全くコロナ陽性患者さんがいない病院は、少ないのではないでしょうか。コロナ陽性患者さんや、発熱や咳があり疑いが強い患者さんは、決まった病棟に入院していただきます。重症の方でICUに入院する必要がある場合も、決まったゾーンを作り、他の重症患者さんと接触がないよう工夫しています。

現場で起きている問題

人員の不足

コロナ対応病院でなくとも、かなりの人員を対策に回すことになりました。ワクチン接種に協力するため、休日も交代で出勤しています。通常の医療も継続しなければ命にかかわる患者さんもいるため、人員が足りないから医療の規模を縮小するなどと簡単にはいきません。むしろ、コロナ対応病院で受け入れができないなどの理由から、コロナ以外の患者さんは以前より多く受診されるようになりました。また、ご家族がコロナにかかってしまったり、お子さんが学級閉鎖になったりすることで休職しなくてはならないスタッフも後をたちません。濃厚接触者は出勤停止という原則を守っていると、業務が成り立たない状況になってしまいます。とはいえ万が一患者さんに感染してしまったら、と考えると基準を甘くすることもできず、なんとか人手をやりくりしているのが現状です。

その発熱の原因は?

病気になると、様々な原因で熱が出ることがあります。コロナだけでなく多くの感染症では熱が出ますし、怪我や手術の後も熱が出ることはよくあります。がんの患者さんも、腫瘍熱という発熱がみられることがあります。コロナ陽性の患者さんを隔離するのは理解しやすいと思いますが、コロナが疑わしいけれども検査では陰性の患者さんをどう扱うかはとても難しい問題です。もし通常の扱いをして、偽陰性(実はコロナ)であった場合は感染が広がるおそれがあります。ですが、本当は他の病気が原因の発熱なのにずっと疑いの扱いを続けることは、患者さんにも医療者にも大きな負担です。このような場合は、個別にどのくらいコロナが疑わしいかをよく検討して扱いを決めるしかありません。とはいえ、疑いの基準を決めること自体が難しいというのが悩むところです。

どの手術をやって、どの手術を延期するの?

緊急事態宣言や院内での感染状況などを受けて、手術ができなくなったり減らされたりすることがあります。緊急性の高い手術を優先して、それ以外を延期するという考え方で行うのですが、ここでもまた難しい決断を迫られることになります。そもそも必要な手術を予定しているわけで、それが突然中止になるというのは患者さんにとって受け入れがたいことでしょう。例えば、交通事故で出血が止まらないから手術をすぐやる、でもがんの手術は延期になる。がんだって命にかかわるのに、早く手術してほしいと思うのは当然です。足の骨折などをすぐ手術しないと元通りに治りにくくなることがあるので、緊急性が高いケースもあります。こういったことを総合的に判断しなくてはなりません。

今後の課題

コロナによる大きな変化から、もともと日本の医療が抱えていた問題も浮き彫りになりました。日本だけでなく世界が大きな衝撃を受けた事態ですが、ここから未来に繋がる教訓も得られるように思います。

医療崩壊を避けるために

日本では誰もが保険制度のもとでしっかりとした医療を受けることができます。これは素晴らしいことなのですが、ともすれば医療費も人材も不足におちいりがちです。有事の際に対応できるようにするには、元がギリギリでは困難だということが今回明らかになりました。日本の医療は今回、なんとか持ちこたえている状態です。政治の中でも、医療費に回す費用を大きくしたり、医療者を募ったりしようという動きが見られました。もちろんリソースを増やすことが一番わかりやすい対策なのですが、緊急時に必要なところに人材を割り振る仕組みがないことも問題でした。

命の選別を迫られた時に

助けられる命は全て全力で助ける。この、今まで日本では普通に行われてきたことに黄色信号が灯っています。コロナでも軽症や中等症の方は入院できないことが多く、急変時の対応が万全とはいえません。また、ひっ迫した医療の中で救急車が間に合わなかったり、必要な手術ができなくなったりすることもあります。世界では、目の前のどちらの患者さんに人工呼吸器をつけるか?という局面すらありました。無限ではない医療資源を認識して、今までの医療が過剰な治療や延命になってはいなかったか、私たち医師も考えさせられています。人が尊厳を持って命をまっとうするのにはどんな形が良いのか、コロナ後の世界では終末期のあり方も変化していくのではないかと感じます。

終わりに

コロナがもたらした医療のさまざまな変化についてお伝えしてきました。これらに比べると小さいことかもしれませんが、筆者がとても変化を感じていることがあります。それは、患者さんの手を気軽に握れなくなってしまったことです。以前は、病気について伝えるとき、手術に送り出すとき、退院するとき、患者さんの手を握ってお話することがありました。感染対策的には距離をとって手袋をして、というのが望ましいのですが、手の暖かさが直に伝わることの安心感は素晴らしいことだったと思い出します。コロナ後の世界が元通りになることはまだ先のことかもしれませんが、手を握るのと同じくらい心が伝わる医療を目指したいものです。