臨床工学技士の業務には、生命維持管理装置の操作や管理が含まれています。代表的なものでは、人工心肺装置や人工呼吸器、人工透析などです。それらの機器は、各臓器の変わりに機能することで、患者の生命維持に寄与しています。機器のトラブルは、患者の容態を悪化させるリスクファクターです。保守点検はもちろん、機器の有効性の担保や、緊急使用に対応することも臨床工学技士の職務です。
ECMO(PCPS)とは
ECMOは、extracorporeal membrane oxygenation(体外式膜型人工肺)の略です。そのネーミングからは、肺機能の補助だけを目的にしているように聞こえますが、心機能もサポートしています。新型コロナウイルスのように重症肺炎に 伴って、全身状態が悪化し心機能も低下することもあるからです。以前から使われている、PCPS「percutaneous cardiopulmonary support」( 経皮的心肺補助法)の呼び名は、ほぼ日本でのみ用いられていますが、昨今の新型コロナウイルス感染症の影響もあり、世界的に使われているECMOの名称が世間的にも知れ渡りました。
ECMOの種類
VA ECMOは、肺機能だけでなく、心機能も補助しています。主に、心原性の疾患が対象です。静脈(Venous)から脱血した血液を、人工肺で酸素化した後、動脈(Arterial)に送血します。VV ECMOは、心機能は保たれている事を前提とし、人工呼吸器では対応しきれない重症呼吸不全に用いられます。十分な酸素供給で全身の安定化を図る事、VALI(人工呼吸器関連肺損傷)を防ぎ、肺を休めることを可能にしています。
ECMOと臨床工学技士
臨床工学技士は、「いのちのエンジニア」と呼ばれています。その理由は、臨床工学技士の主な業務の一つに、生命維持管理装置の取り扱いがあるからです。臓器の代替として機能する生命維持管理装置は、患者の命綱と言っても過言ではありません。
ECMOは新人臨床工学技士の登竜門
ECMOは、生命維持管理装置を扱う臨床工学技士にとって登竜門です。新人臨床工学技士が、当直やオンコールを行うために、最低限クリアしたい課題の1つでもあります。管理することはもちろんですが、緊急時に送脱血管の選択や、ECMOのプライミング、開始操作が出来る事が問われます。生命維持管理装置には人工呼吸器、人工透析装置、そして人工心肺装置とありますが、なぜ人工心肺(ECMO)を登竜門として上げたのか。それは、緊急性の違いです。もちろん緊急で挿管し、人工呼吸器を使用する事もあります、夜間に緊急透析を行うこともあります。断っておきますが、人工呼吸器や透析業務を、軽視している訳ではありません。しかし、ECMOほど時間を要求される事はないでしょう。ECMOは、患者の心肺機能を維持することはもとより、患者急変時など「修羅場」と言われる場面で操作する事が多いからです。
ECMOは時間との戦い
多くの施設では、5分以内にプライミングを終わらせて、開始できるようにする事が求められています。心肺停止から、1分以内に救命処置が行われれば、95%の生命が助かります。3分以内では75%が救命され、脳障害も避けられる可能性があります。5分経過すると、救命率は著しく低下して25%です。総合病院や、緊急症例を多く扱う施設で勤務する技師にとっては、必ず緊急でECMOを開始するときが訪れます。筆者自身も、新人の頃の当直では、ECMO案件だけは引きたくなかったものです。日勤帯であれば経験豊富な先輩方のサポートが受けられます。しかし、夜間ともなれば自分1人。オンコールの到着を待ちたくても、現場は待ってくれません。ICUの片隅で、ときにはカテ室で、心臓マッサージしているスタッフを横目に、手が震えそうになりながらもプライミングしたものです。ECMOのプライミングは、難しい訳ではありません。ECMOの回路構成はとてもシンプルです。透析回路の方が複雑で手間かもしれません。仕組みや設定項目、モードの多さは、人工呼吸器の方が多いです。緊張感は大切ですが、周りの緊迫感に飲まれてはいけません。冷静に行うことが、最短でECMOを開始する何よりのコツです。
ECMO抜去に立会うという事
生命維持管理装置と言えども、抜去するときは必ず訪れます。ECMOの人工肺にも、限界があるからです。ECMO抜去時に、状態が回復に向かっている姿を見ると、「あの日大変だったけど、頑張ってよかったな。」と実感できます。医療従事者として、やりがいを感じる瞬間です。しかし、不幸な結末を辿る事も少なくありません。筆者が初めて関わった症例は、夕方の急変から翌朝まで続くものでした。急変でショックバイタルになった為、緊急でECMO開始し、緊急オペ。その後も血圧が保てない為、ECMOから補液や輸血などを行いましたが、翌朝に家族の希望もあり不幸な結果に終わりました。医師が止めたECMOを眺め、淡々と片付けをする事ほど虚しい刻もありません。そんなとき、主治医が私の肩を叩き「お疲れ様。現実は厳しいだろ?だから過程に全力で向き合うんだよ。」と声をかけられました。臨床工学技士として、できる事は多くありません。しかし、1人で医療と向き合う必要もないのです。結果がどうなるかは、「その時」にならないと分からないからこそ、全力を尽くすのだと思います。