麻酔科医として、手術室で臨床工学技士(ME)と毎日お仕事をしていると様々なことが起こります。なかなか披露する機会のない、残念だったお話や失敗したなあというお話を綴ってみます。
残念だった臨床工学技士
心臓外科がある大きな病院や、透析を行なっている病院だとMEが常駐しているのが通常です。小さな病院や、専門病院などではMEが採用されていないことが多いです。なんとなく、機械に詳しそうな麻酔科医や看護師さんがなんでも聞かれる、といったことは珍しくありません。とある小さな外科病院で、はじめてMEが採用されることになりました。手術室スタッフはとても喜び、優しいおじさま、といった風貌のMEに色々お仕事の相談をしました。麻酔科からも人工呼吸器のお仕事をお願いに行ったところ、おじさまは風貌通りの優しい話し方と笑顔でこうおっしゃいました。「僕は、シリンジポンプの確認だけやりますね!」あまりにニコニコ言われるので、あっそうなのですね、と引きさがってしまいましたが、これには結構困りました。私は、しばらくしてその病院を離れたのですが、最後までおじさまはシリンジポンプの薬剤が時間通り正しく送られているか、時計を片手に過ごしておられました。これは、かなり極端なエピソードではあるのですが、MEのお仕事が病院によって大きく違うことをよくあらわしているなあと思います。もともとMEが、何人も勤務しているような病院では、なんとなく仕事内容を把握できるでしょうが、就職する際の説明が “手術室の機器に関する業務” だけだったとすると分かりにくいですよね。豊富な知識や経験で医師が助けてもらっているMEもいれば、それは契約業務外ですとなんでも突っぱねてしまう人もいます。MEは医師や看護師に比べて、業務の線引きが曖昧になりがちです。どこまでの仕事を担うのが正解とはいえませんが、業務内容をしっかり話し合うことが必要だと感じるお話でした。
臨床工学技士と麻酔科医の失敗?ヒヤッとしたお話
次は、麻酔科医とともに高度な医療にいつも関わってくれていたMEとのお話。心臓外科もアクティブにやっていた、大きな救急病院でのお話です。その日は、気管の手術をするために患者さんの気管をしばらく切り離しておく必要があり、一時的に部分人工心肺という装置を使って呼吸の代わりにする予定になっていました。ここで少し専門的なお話が入ってくるのですが、部分人工心肺は大きく分けると2種類あり、 “心臓の補助をするタイプ” と “呼吸の補助をするタイプ” があります。この症例では呼吸を止めるわけなので、呼吸を補助するタイプ、いわゆるエクモです。若い麻酔科医とMEが上手に管理をしていたのですが、急な出血で心停止!緊急コールで、私も指導医とともに駆けつけました。急きょ心臓の補助をするタイプに切り替え、かつ、人工肺を組み込んで酸素化もできる状態にして危機を回避。すぐ心拍が再開し、ほっとしたのも束の間でした。患者さんの顔がだんだん黒く変化していくのです。これは低酸素のサインですね。でも、手に装着した酸素モニターは正常値を示しているのです。何が起こったのでしょうか?ここで、すぐに事態を理解したMEと麻酔科の指導医が、ふたたび呼吸を補助するタイプに切り替えるとすぐに顔の色は血色を帯び、正常に戻りました。患者さんの肺が使えない状態では、部分人工心肺の種類をよく考えて決めなくてはいけません。手短に言ってしまえば、部分人工心肺は、下半身で回すので、自分の心臓が動いてしまうと下半身だけが酸素化された状態になってしまうのですね。ちゃんと理解しているMEと麻酔科医がいなかったら、患者さんが生きているけれども脳だけ低酸素になってしまうという大変な事態になっていたというヒヤッとするお話でした。部分人工心肺の種類は判断が難しく、医師でもみんなが理解できているとはいえません。逆に、このお話を読んで、なるほどと思える方、私の説明がずいぶん端折っているなあと分かる方はよく勉強していらっしゃると思います。心臓外科のお仕事をしていない方も、興味があれば勉強してみてくださいね。急にずいぶん複雑なお話になってしまいましたが、麻酔科医だけではこの症例は凌げなかったです。MEの中には、ここまで理解してちゃんとサポートしてくれる方がいるということですね。もちろん症例としては反省点もありますが、一緒にヒヤッとしてくれるくらいの仲間がいるのは麻酔科医としてはありがたい限りです。
臨床工学技士の仕事範囲はどこまで?
こういったエピソードからも、MEの業務内容や業務量はさまざまなことが分かります。これまで、本当に同志のMEに恵まれ助けてもらってきたのですが、その背景には大きな負担もあったのではないでしょうか。夜中の緊急手術で突然セルセーバー(自己血回収システム)を作り来てもらったことや、大動脈解離ですごいスピードで人工心肺を組み回してもらったことなどを思い出します。こういったタフな仕事をする施設では特に、MEのマンパワーは不足しがちです。看護師さんや医師に比べて、MEの業務量や業務内容についてきちんとしたシステムができている施設はまだ少ないです。MEに限らず医療者みんなに言えることですが、あまりに大きな負担で自分が潰れてしまっては困ります。それこそ、大きな失敗に繋がるかもしれません。筆者も一度、激務による手術室の医療崩壊を経験しました。やりがいがあって、継続も可能な仕事を見つけたいものですね。